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スピーチ等

平成26年度卒業式告辞

 卒業される皆様、ご卒業おめでとうございます。ご家族、ご関係の皆様に謹んでお祝い申し上げます。
 また、ご臨席いただいております本学経営協議会委員、学外理事、監事の皆様、卒業生の会桜蔭会の会長、役員、名誉学友の皆様をはじめ、ご来賓の皆様に心からお礼申し上げます。

 今日ご卒業の皆様の入学式は、4年前、2011年3月の東日本大震災の直後に行われました。この年、多くの大学で入学式が取り止めになり、余震も予想される状況ではありましたが、考えられる限りの対策を講じながら学内の者だけで簡素に入学式を行いました。その時のことを思い起こしますと、ご家族や多くのご来賓にもお出でいただき、このように晴れやかに卒業式ができますことは、有難く幸せに思います。
 その後、大学として被災地への支援を続けてきましたが、あの大震災を通して私たちは多くのことを学びました。自然の力の猛威に晒されて、日常生活がいかに脆く危ういものであるか、昨日が今日に続き、さらに明日へと続いてゆくことや、一日一日を生きていることがどれほど貴く、いかに大切であるかも改めて認識させられました。  そしてさらに、科学の発展と技術の進歩は、私たちの生活を豊かで便利なものとするという輝かしい光の面と同時に、影を伴うことも痛感させられました。
 近代の科学は、人間が自然と対峙し、それを制御しようと試み、あるいは自然に代わる手段を人の手で開発することによって著しい発展を成し遂げてきました。この発展をとどまらせるのではなく、さらに持続させることは私たちの使命でもあります。ですが、同時に私たちは技術の進歩が光とともに、影を伴うことを意識しておくことが大切です。
 次のようにいわれることがあります。

「技術は単に手段であって、それ自体は善でも悪でもない。重要なのは、人間が技術から何を創り出すのか、何の目的で人間は技術を用いるのか、…である。技術に支配されるのではなく、技術を支配する人間とはどのような人間であるのか、…が問題である。」
(K. ヤスパース,『 歴史の根源と目標』)

 科学や技術が全てを解決すると無条件に信じるのではなく、またそれを否定するのでもなく、いかにして科学技術を進歩させ、同時にそれを利用して人間生活を豊かなものとするかが今強く問われています。そのカギとなるのが人間性の問題だといえます。単に特定の専門的な知識を身に付けるだけではなく、自然や社会や世界を俯瞰できる力が必要なのだと思います。
 近代科学の祖ともいわれるデカルトは学問を一本の木にたとえました。そして学問を、実用的学問、基幹的学問、形而上学に分けて考えました。
 医学や技術は木の実に喩えられます。木の幹に当たるのが自然の原理を扱う学問です。
 美味しい木の実を手に入れるための実用的な学問は、身近な目的を達成するのに役立ちますが、木の実は、当然のことながら、花が実となって熟したものです。そして、花は枝につぼみをつけ、枝は幹から伸びているのであり、幹は土の中の根に支えられています。私たちは美しい花や、美味しい木の実に注目しがちですが、そこに至るまでに多くの時間が必要なのであり、また、地中にあって木を支え、養分を吸収する根があって初めて一本の木は実を結ぶに至るのであり、この全体の姿を忘れてはならないように思います。
 ものごとの根幹、つまり根や幹を含めた全体を見通すことができるか、それは、一人ひとりがもっている知識の質によるのではないかと思います。

 本学では、4年前に新たな教育プログラムを開始しました。複数プログラム選択履修制度です。このプログラムは、主体的に学ぶ力のある本学の学生が、学問をできるだけ広く、深く学べるようにと設計したプログラムです。このプログラムでは、広い教養と深い専門性、という以上に、「深い」教養と「広い」専門性を身に付けることを期待しています。
 そして今日ご卒業の皆様がこのプログラムで学んだ最初の学生です。皆様が学ばれたその成果は、おそらく何年かを経てから現れるに違いありません。
 実は3年前に大学の正門脇にりんごの木を二本植えました。この木もまだ実をつけていませんが確実に成長しています。この木にりんごの実がなる頃、皆様もそれぞれに社会的な役割を担っていることと思います。そして、この大学で学んだことをこれからの社会生活の中で活かされることを楽しみにしています。
 今とくに女性の社会的な活躍が求められています。2020年までに意思決定過程に関与する女性の割合を30%にするという数値目標も設定されていますが、それは単に社会に参画している女性の数を増やすことだけに意味があるのではないと私は理解しています。そうではなく、これまでになかった新しい視点を提供すること、新しい考え方をそれぞれの立場で示すこと、それによって社会の発展の新しい姿を創造しようとすることに意味があるのだと思います。
 そのために、お茶の水女子大学は国立の女子大学として、リーダーシップを発揮できる女性の教育を使命としてきました。私たちが考えてきたリーダーシップ教育は、強い権力を行使して、人を束ね導く人というより、その場を担い、責任をもって組織を動かすことができる人を育てることです。
 そこで、教育の理念として三つを掲げました。知識、見識、寛容です。確かな「知識」を基盤として、適切に判断することのできる能力を「見識」と表現しました。事柄は見方によって多様であり、そのことを心して判断する力が必要だと考えています。それと同時に、他の在り方や他者を尊重する「寛容さ」を教育理念の一つとしてきました。この三つの要素が整って初めて「知は力」となるのだと思います。また、「共に在る」という表現でもキャンパスにいくつかの空間を創りました。
 4年前に新しい学生寮、お茶大SCC(StudentsCommunity Commons)を開設しました。この学生寮は「共に住まい、共に学び、共に成長する」というコンセプトで設計し、教育寮として機能しています。新寮に入寮して二年間をそこで過ごした第一期生が今年本学を卒業します。
 このお茶大SCCの先駆けとなったのは、「共に学び、共に成長する」をコンセプトとした本学の附属図書館のLearning Commonsですが、これは他の国立大学のモデルとなり、その後、学生、職員、教員によって育てられてきています。今では、「共に在ること」を理念とした空間は4か所になりました。
 多様な主張が対立する世界的な状況の中で、皆様はこれから国内外を問わず、活躍することが求められることと思います。多様な価値観が交わり、時に対立する状況に身を置き、そこで自らの立場を見出すには非常な困難が伴うことが予想されます。その時に、「共に在ること」を理念とするこの大学で、「知識」を修得し、「見識」を高める素地を身につけたことをどうか自信にかえてください。今皆様にお渡しした卒業証書は、皆様が困難な状況の中にあっても克服するための力を修得したことの証しです。また、本学の140年の歴史を通して、多くの卒業生が既に社会のさまざまな場面で活躍していることも、きっと皆様に勇気を与えてくれることと思います。
 今日卒業する皆様がこの学び舎から向かう新たな世界は、皆様の活躍を大いに期待しているに違いありません。この大学で学んだ知識を活かし、さらに研鑽を積んでそれぞれの力を発揮されることを心から願っています。そして社会の期待に応えていただければ嬉しく思います。
 私もこの3月で卒業します。この大学で学生として学び、教員として学生と共に過ごし、研究にも従事し、最後の6年間を学長として過ごしました。皆様とともに卒業できますことは喜ばしく、これからは本学の卒業生として社会に少しでも貢献できれば幸せです。
 そして何より皆様にはこれからの時代をリードして、未来を担っていただきたいと心から期待しています。
 改めてご卒業をお祝いし、皆様一人ひとりの未来が輝かしいものとなりますことを願い、告辞とします。
 本日はまことにおめでとうございます。

  平成27年3月23日

お茶の水女子大学長
   羽入 佐和子

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