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全学教育システム改革推進本部

発達心理学の旅への誘い   授業で工夫していること    (2006.10.02)

内田伸子
(理事・副学長)

T【講義のねらい】発達心理学村の住人になること+批判的思考力を涵養すること;
 私は、春学期に1年生を対象とした「発達心理学概論」の講義を担当している。受講生は高校までに心理学を学んだことのない1年生であるから、授業のねらいの第一は、もちろん、発達心理学の最先端の知識   宣言的知識も手続き的知識も   を伝えることである。第二のねらいは、この授業の受講を通して、批判的思考力を身につけさせることである。なぜ第二のねらいを掲げるかと言うと、この頃の大学生をみていて、彼らがあまりにも素直すぎて危なっかしいと感じるからである。彼らは、高校までは教師の語ることばや板書のことば、教科書のことばは「真実」として受け取り、覚えて使うというタイプの学習に馴染んでいる。教師のことばを疑うことなど思いもよらない。専門書に書かれていることも「素直に」受け取る。これでは「知の受容者」にはなれても「知の創造者」に参画することはできない。そこで、第一回目に受講するときの心構えとして次のように宣言する。
 「科学理論というものは無条件に信じるべきではありません。講義やテキストに書かれた事柄は"今の段階ではここまでしかまだわかっていない"ということの洗練された表明にすぎないのです。つまり学問の知の限界を示しているのです。あくまでも、究極の真理についての試論であり、至論ではないのです。ありうる仮説の可能性の一つを提示しているにすぎません。従って、常に自分の頭を通して考え、これは確かなことか、本当にそう言えるのかを常に吟味することが必要なのです。この発達心理学の講義で提示することも、無条件に鵜呑みにせずに、きちんと吟味して取り込んでほしいと思います。講義を聴きながら、疑問をもつこと、対案を提起することが受講者の貴女たちのなすべきことなのです。」と。
 こう述べて具体的な疑問の出し方の訓練として、毎回、講義終了の3分前に講義を終え、B6版の用紙に3分間コメント作文を書いてもらっている。コメントの中からすぐに答えておいた方がよいもの、よいところに気づき、異議申し立てをしているものなどを選び、翌週、B4版裏表二枚程度にまとめて配布する*。

U【授業の流れ】
1.授業開始5分前:メッセージソングを聞きながら友のコメントを享受する
 学生たちは、授業五分前までには教室に入り、その日の講義内容に関連あるメッセージソングを聞きながら、級友たちがどんなところに目をつけたか、どんな批判を展開しているかについて熱心に読みふける。それによって1週前の復習もできるし、その日の授業で何が話されるか、批判的に受け取ろうという構えが出来てくる。批判の目安として、自分自身を振り返り、講義のどこにひっかかったのか、自分の体験に照らして検討するように勧めている。「"心理学は自分自身を被験者にできる"という先生の言葉がとても印象に残りました。私はまさに、自分の心の動きが気になって仕方がなく、その結果として心理学に強い興味を持っています。なぜ私は涙が出るのか、なぜ秋にはあんなことが気になったり怖かったりするのか…など、自分の心の動きの原因をなんとかしてさぐりたい!という願望が昔から心の中にありました。(以下略)」(人文1年 N.A.)などと記している。
2.授業への導入:3,4名のコメントの紹介 疑問や質問に答え、その日の授業に架橋するコメントを2,3紹介する。年輩の聴講生や教員のコメントは現役生より迫力があるのでよく紹介する。受講生にとっても新しい視点を開かれたり、尊敬の念がわいたり、書いた本人の自信になったりと励みになっている。他のコメントに共感するコメントが書かれ互恵学習が起こりやすい。100〜120名もの受講生だと一方的になりがちな授業を幾分でも双方向的・互恵的にするのに役立っている。
3.授業:授業はすべてパワーポイントとDVD(毎回10分程度にNHKスペシャルなどから編集した映像教材を独自に作成して用いている)で進めるので、ノートをあまり採る暇はない。全身を耳目にして聴いて("聞きながら"ノートをとるのではない。能動的な情報処理をする聴き方)もらいたいので、ノートはメモ程度。その日に用いたフィルムはPDFファイルにして心理学科の内田のHPにアップしておき、復習に役立ててもらうことにしている(2006年度分をご笑覧ください*)。
*お茶大HP→文教育学部→心理学コース→内田伸子:発達心理学概論[特論]の順にクリックしてご参照ください。
発達心理学研究室(通称内田ゼミ)のホームページ
4.授業中の語り:心込めて、語りかける調子で講義する。受講生の関心や既有知識、問題意識に関連づけつつ講義を進める。世の中で起こっている事件やマスコミ報道などタイムリーな話題も多く盛り込むようにしている。
5.3分間のコメント作文:終了3分前に話を終え、出席票を兼ねたコメント作文に記入してもらう。
6.予告と予習ページの提示:終了時に次回に取り上げる章を予告し、拙著『発達心理学   ことばの獲得と教育   』の該当箇所で予習してきてもらう。

V 授業効果の測定と授業への反映のさせ方;
1.学生の書くコメントをその日のうちに読み、解説の足りなかったところ、誤解させてしまったところをチェックし翌時間に解説し誤解を解いてから進めている。
2.何よりも学生のテストレポートの回答を読むと、どこまでわかってくれたか、批判的に物事を捉えることができるようになったか、どのようなトピックのときに誤解が多く生ずるかなどを分析して翌年に改善して授業方法に反映させている。
3.全学教育システム改革推進本部の授業評価のまとめも拝見するが、特に授業に役立つのは自由記述の部分である。毎回コメントから改善点をみつけ授業改善を行っているが、出席票もかねているため本音が引き出せない可能性がある。授業評価では授業全体を通して匿名で書くため本音が聞けてありがたい。
4.効果測定:批判的思考の育成におけるコメント作文の効果測定を実施した。実験群(本講義受講1年生)100名と統制群(この講義を受講しておらずコメント作文を書かせない1年生)100名を対象にして、まず、「事前テスト」として柳澤桂子氏の「英語早期教育」(朝日新聞の論説)についての論評作文を書いてもらった。実験群には論説文に関係ある知識を提示するため第2言語習得について3回分の講義を行った。統制群は論説には直接関連のない人格発達の講義を行った。3週間後に、事後テストとして、同じ論説文について論評作文を書いてもらった。事前テストと事後テストの結果を比較したところ、実験群は事前テストの段階から論説の4つの論点についてそのままうけとってよいか、さらにデータが必要だとして疑っていたが、統制群ではすべて、疑うことなく受け入れていた。事後テストになると、実験群は、3週前に疑問を抱いた点について、授業で得た知識を踏まえて反論し、反論の論拠も適切であった。この結果は、批判的にみる態度と内容知識の両方があって初めて説得的な異議申し立てが可能になり、知の創造者たりうることが示唆される結果であった(発表準備中)。
5.ご興味をもたれた方は内田伸子の授業方法についての拙稿をご笑覧ください。
  内田伸子・佐藤公代 (2001)
  「大学教育における教授・学習過程と学生の発達過程の関連   集中講義の授業評価による教授・学習 過程の検討   
  『愛媛大学教育学部紀要』47(2),1-20。
  内田伸子 (2006) 「発達心理学の旅への誘い   『発達心理学キーワード』を編集して   
  『書斎の窓』No.557, 2006.9月号,有斐閣.Pp.47-52.

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