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全学教育システム改革推進本部

基礎ゼミ「ことばとジェンダー」を終えて

高崎みどり(文教育学部 教授)

 最上階まで最後の階段を上りかかると、左手の嵌め殺し窓いっぱいの光が溢れてきて、その先の小さなドアが浮いているように見える。空気も薄くなったような感覚が   春から初夏までの月曜日の朝の記憶。

 「ことば」と「ジェンダー」   この身の回りのありふれた現象を結びつけ、"異化"してみるのは、案外困難なことだ。ひらがなや漢字、呼称といった、何の色もついていないようにみえる所与の存在に「ジェンダー」という概念を衝突させようとする。これだけでも十分に冒険であることは間違いない。

 世界を切り取る枠組みの多様性と、それらのひとつひとつに、ものの見方を一変させるような、さあっと音をたてて風景が反転するような、そんな力のあること   大学とはそういう可能性を提示し、"さあ、こちらに来てご覧。景色がいいよ。よく見えるよ。"と誘うところ。「ジェンダー」も数あるものの見方の(かなり重要な)ひとつだ。

 しかしながら、学生さんには身を切るような切実な「ジェンダー」体験を持たない(羨ましいような、気の毒なような)若さがある。「ジェンダーとは何か」というきちんとした定義から出発し、"これがジェンダーだ"と明確に指摘してほしいという期待がある。それなのに私は「ご自分の経験の中を探ってごらんなさい」「身の回りのことばから気づくことはありませんか」と繰り返す。「がっかりだよ」と感じた人もいたでしょう。

 そんなある日、「女性の方により丁寧な言葉遣いが求められている」ということについての話し合いが、「男女とも自然な言葉遣いがいい」というような方向に向かっていこうとしていた。思わず「"自然な"言葉遣いって何?」と私。「ナチュラルメークっていうのが一番時間かかるんだよね」というような意味不明なことも言ってしまった。困惑する学生。無理もない。レポートにもその戸惑いが書かれてあった。私自身のジェンダー観も問われているのだった。

 ところで、もうひとつの基礎ゼミのねらいに、文献探索、レジュメの作成、司会の仕方などの口頭発表のコツやレポート作成の基本、といったいわば"大学でもとめられる言語表現能力の育成"的な側面がある。今までいくつか勤務してきた大学の基礎ゼミでは、専用のテキストがあったり、図書館ツアーや情報処理の授業とのジョイントとか、図書館の中のゼミ室でいろいろな文献や資料を閲覧しながらゼミができる、学生がレジュメ作りに使える印刷機がある、ゼミの成果を簡易製本して保存できる、等々の支援があった。お茶大にはそうしたものは無くても、学生は自分たちで探し出し、色々な工夫をし、オフィスアワーやメールを活用して見事な発表をしていた。

 話は戻るが、「ジェンダー」だ。大臣が「女性は産む機械」と口を滑らすこの国の今を生きなければならない私たち。「ごめんね」と言ったり取り消したりしたようだが、この表現は、女性を喩える数多くの比喩の1つにちゃんと登録されたのだ。「嫉妬」「妖」「奴」「娶」「嫋」「婢」「婦」などなど女篇の会意文字の意味の偏りに呆れていた学生たちが、どんなコメントをするのか、もう一度、あの浮遊するドアを開けて、聞いてみたい気がする。

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